戦場カメラマンという職業について、ひとはいろいろな意見があると思う。
彼らのテーゼは戦場で起こっている現実を一般の方々に伝えることがジャーナリストとしての職業観だ、ということもあるだろうし、一般の人でいえば何をきれいごと言っているんだとか写真をとるヒマがあったら一人でも多くの人を助けろとか言う人もいると思う。
これはあるひとにとっては大変に失礼に聞こえるかもしれないが、たとえば反論の少ない職業(農業とか教師とか)に比べると総数は少ないけれどもそれだけ信念がなければ踏み込めない職業だとも思う。
今日、筋トレで港区スポーツセンターに行ったときに、戦場カメラマンの渡部陽一さんの写真が飾ってあった。おそらく展示会があったのだと思う。
何気なく眺めたけれども、正直な感想は、あまりにも写真がきれいすぎて現実味がないということだった。
中には化学兵器の二次被害で苦しんでいる子供の写真とかもあったのだが、よく苦しんでいる子供をきれいに写真に撮ることができるなあ、僕がこどもの立場だったら、写真にはおさめてほしくないし、そんな暇とカネがあったら薬の一つでも持ってきてほしいというのが本音だろう。
ただ、そういう心理もある一方で、他方ではこういう職業がなければのちのち歴史を検証することはできないし、もちろん彼らのテーゼ通り、現実を伝えるジャーナリストがいなければ一般人は歪曲した報道に惑わされてしまうだろう。
港区スポーツセンターのような公共のスペースではとても掲示できないようなむごい写真も多数あるだろうし、戦場の現実は本当に悲惨なんだろうとしか想像できない。
きれいごとに聞こえると思うけど、僕は戦争は絶対にいやだ。
いま、憲法改正に向けていろいろ議論されているけど、戦争を知らない日本人に、戦争ができるようになるリアリティを理解しろというのが無理だと思う。
写真の一つに、敵国(米軍)に管理された戦地の子供が笑顔になる一枚があった。後ろの米軍も笑顔だ。なんか切なくなってしまった。まんまと戦場カメラマンのとりこになってしまったのだ。